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ksgの日記とは呼べない

居酒屋に行けばポテトサラダを注文しています。

“老人と海”を読んだけどレビューではない

記憶にある限りでは外国人の小説を読んだことはないので、海外文学に触れたことも初めて。
 
海外の小説について思ったこと

翻訳家って語学に理解がある人じゃないとやれない職業じゃないですか。一生懸命に外国語を勉強して言葉っていうのは強くならないと翻訳は出来ないと思うんですよ。
 
ただね、それだけではよくないと思うのよ。今回は初版の翻訳をした方のを読んだのですが。初版っていうと、この作品はもう60年以上も前に出版されているので、現在では滅多に見ることも使うこともない単語がたくさん出てくる。ググっては意味を理解しながら読む作業が頻繁に続き、内容が入りづらかった(この作業は私が勉強不足な部分が大いにあるのであまり関係はない)。現在はページの下部や端っこに注釈として親切に載せているのもあるよね。
 
それと、解釈力っていうのも大事ですよね。翻訳っていうのは外国語から日本語に変換していくわけだし、内容に忠実に訳さないと作品そのものが崩れてしまっては元も子もない。しかし、直訳とは言わずとも前後のニュアンスや表現力っていうのは必須だと思うのよ。雰囲気を作るためにもそういう感覚って大事。もちろん内容を崩さないようにね。
 
もうひとつ、これは時代によるものなんだけど本に節目がひとつも無かった。これには驚いた。
他の海外文学を知らないのを前提に書きますけど、節目がひとつも存在していないので、休みなく読み進めないといけないことが正直しんどい。 
日本の小説はサブタイトルで分けていることで、読み手にとっては親切極まりない。
私の場合は入浴中に読むことが多いんだけど「今日はここまで読んだら出よう」ってな具合に区切り良く終えることができるし、何より次に読むときにスムーズに流れるのでありがたい。
 
こういう体験って「時代背景を感じることが出来ていいね!」ってポジティブな意見が出てくるだろうけど、全く思わなかった。これから色々な本を読んでいけば身体に馴染んでくるんだろうけど、この作品においてはこんな感想で。
 
ということで、“老人と海”の内容ではなく、構成とか編集とかの大枠部分についてでした。
 
感想

タフな老人であり、海を愛していた。